3Dプリンターは2010年頃から需要を伸ばしはじめ、特に2016年以降はさらに急速に出荷数を伸ばしています。NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の調査によれば、2030年には3Dプリンター製品の市場規模が、およそ2兆円にも到達すると予測されています。一方で、3Dプリンターを活用する事業者からは、世間の3Dプリンターのイメージと現状の差に悩む声も聞かれます。
2021年に就航予定のボーイング777Xに使用されている最新型のエンジン「GE9X」には、3Dプリンターで作られた部品が使用されています。その数は300点にも及び、燃料ノズルや温度センサ、タービングレードなど、主要部品を含む幅広い部位にわたっています。ボーイング777X は2020年1月には初飛行を終え、2021年にはエミレーツ航空などで就航する予定です。
またBMWが販売する「i8ロードスター」にも3Dプリンターで作られた部品が使用されています。BMWでは、軽量化のためにルーフ収納部のパーツにアルミニウム合金の3Dプリンター製品を採用しました。
このように、最終製品や量産部品として3Dプリンター製品が使用される例も増えてきました。従来は複数のパーツに分かれていた部品を3Dプリンターを用いて一体化したり、量産化に向けてのノウハウも確立されつつあります。しかしやはり、3Dプリンター製品が最終製品として使用されるのは、小ロット生産品や特注品などが主力です。一般的な量産にはまだ至っていないと考えていいでしょう。
一方で3Dプリンターの活用が急速に広がっている分野もあります。治具工具分野です。
自動車業界では、車両のエンブレムを取り付ける際の治具として3Dプリンター製品を使用している例があります。滑らかな3次元の曲線構造が作れるため、従来のような金属パーツを組み合わせて作成した治具に比べて人間工学的に優れた、軽い治具が作れるという利点があります。
工具の例として、射出成形やプレス板金の型の作成にも3Dプリンターが使用されています。ストラタシス・ジャパンが提供するデジタルABSという素材は、熱や圧力、摩耗に強いため、射出成型用の試作型を作ることができます。3Dプリンターを利用すれば、従来の金属の金型に比べて短納期、低コストで型が作成できるため、より短い期間での試作(ラピッドプロトタイピング)が可能になります。
3Dプリンターで型を作る利点は、納期やコストだけではありません。3Dプリンターはでは使用できる材料に制限があるため、3Dプリンターで試作品そのものを作成すると、量産品と材料が異なってしまうケースがあります。そのため、強度試験や耐久試験においては、十分に信頼できる試験結果は得にくいケースがほとんどです。しかし試作型を3Dプリンターで作成すれば、実際の量産品と同じ材料で試作品が作れます。そのため、外観だけでなく機械的な強度や環境的な耐性など、すべてにおいて量産品により近い条件の試作品を手に入れることが可能になるのです。そのため、すでにペットボトルや化粧品ボトルなどの試作現場での利用が広がっています。
3Dプリンターで作られた型が使えるのは、樹脂の射出成形だけではありません。板金においてもデジタルABSの型が使用可能です。試作用の型だけでなく、装飾用の金属タイルのような小ロット板金用の型としても活用されています。3Dプリンター製の型では射出成形用の型と同様、短い時間で型が作れるだけでなく、樹脂型ならではの利点もあります。従来の金型の場合、型と材料の滑りをよくするための油が必要ですが、樹脂型では潤滑油を必要としないため、成形後の脱脂工程を省けるケースがあるそうです。
ストラタシス社のデジタルABSに限らず、3Dプリンター業界では、さまざまな新しい材料も開発されています。例えばマークフォージド社(Markforged)では、カーボンファイバーに対応した3Dプリンターと材料を開発しました。カーボンブラックの美しい見た目だけでなく、カーボンならではの軽さと強度を誇り、3Dプリント品の使用可能範囲をより広くすると見込まれています。
材料や出力速度など、活発な開発競争が行われている3Dプリンター業界ですが、実際に3Dプリンターを活用し、出力サービスなどを展開している業界では悩みもあるようです。
3Dプリンター出力における難しさの一つに、サポートの処理が挙げられます。サポートとは3Dプリンターで部品を出力する際、部品が途中で倒れたり傾いたりしてしまわないように、部品本体を支えるための支柱です。サポートは部品と同時に積層しながら部品を支え、出力後に後処理を行って除去するのが一般的です。サポートの除去方法は、材料の種類や出力方法によってさまざまですが、出力にかかる時間以上の時間を要するケースも少なくありません。
他にも、廃棄物の処理の問題が挙げられます。例えば粉末焼成式の3Dプリンターであれば、敷き詰めた粉末材料のうち硬化させなかった粉末は廃棄物として処分しなければいけません。サポートの除去に液体を使う種類の3Dプリンターでは、使用済みの廃液も産業廃棄物として専門業者に引き渡す必要があります。
3Dプリンターに対し、何でもすぐに作れる便利な機械という印象を持っている人もいるようですが、残念ながら、その域には到達していないのが現実です。3Dプリンターを十分に使いこなすためには、ノウハウの蓄積やコストダウンに向けた最適化といった手間も避けて通ることはできません。今後、さらに高性能な機種が出てくる期待は大きいですが、現状では過大な期待は持たず、メリットもデメリットもある加工方法の一つとして捉えるべきでしょう。