現在、3Dプリンターの市場が拡大しています。 初期の段階では大手企業の試作開発に使用されることの多かった3Dプリンターですが、 金属3Dプリンターが出現したことで、金属部品の最終製品の製造や金型そのものの製作が可能になり、ものづくりにおける活用範囲が広がりを見せています。
金属3Dプリンターとは、金属粉末を材料として造形する3Dプリンターです。これにより、樹脂の材料では実現できない強度や特殊機能を必要とする部品の造形が可能になりました。
金属3Dプリンターの造形方式としては、粉末を敷いた面にレーザーを照射して溶解結合させることで造形する「粉末床溶融結合方式」および、噴射ノズルから粉末を放出し、 同時にレーザーで溶解結合させて造形する「指向性エネルギー堆積方式」が現在の主流になっています。
新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)がまとめたリポート「TSC Foresight」によると、金属3Dプリンターによる造形品の市場は、2030年には約2兆円に拡大すると予測されています。
従来の金属製や樹脂製の工業製品は、まず金型を製作し、金型を使って金属の板をプレスする塑性加工や、樹脂に圧力をかけて金型に注入する射出成型などにより生産する方式が一般的でした。
しかし、金型は大量生産できるメリットがある一方で、デメリットもあります。 一つは構造が複雑になるため金型の製作費が高額になるという点です。 大量生産が見込めるのであればよいのですが、需要があるかわからない新製品などの場合は、金型に高額なコストをかけることは大きなリスクになります。
もう一つは、複雑な形状や内部空間構造を持つ造形物は金型では製造することができないという点です。 こうした造形物を金型で製造する場合は、造形物を部品化してそれぞれの金型を製作し、それぞれ製造した部品を組み立てる必要がありました。
そこで注目されたのが3Dプリンターです。 材料を少しずつ付加しながら造形していく方法のため、金型ではできなかった複雑な構造でも1工程で造形できるようになりました。
3Dプリンターは、2013年に当時アメリカの大統領だったオバマ氏が一般教書演説で言及したことをきっかけとして、一気に普及しました。
この時点では樹脂を材料とする3Dプリンターが一般的でしたが、現在では金属3Dプリンターも航空宇宙や自動車業界を中心として導入が始まっています。 特に航空宇宙分野では部品の単価が高く、費用削減や軽量化につながる部品点数削減のニーズが強いことから、金属3Dプリンターへの期待が高まっています。 部品点数を少なくして製作コストを下げ、軽量化で燃料費を抑えるのは、この分野の企業では重要課題です。 例えば飛行機の燃料費用は営業費用の25%を占めており、軽量化での燃料費の削減が経営に大きな影響を与えることになります。
今後はさまざまな分野で金属3Dプリンターの普及が進んでいくでしょう。 先ほど紹介したNEDOのリポートに掲載されている試算によると、2030年の金属3Dプリンターによる造形品の市場規模トップ3は「金型や工具」(8000億円)、「医療」(5600億円)、「エレクトロニクス」(4000億)となっています。
金属3Dプリンターを積極的に活用している企業も増えています。 その代表格となるのが、発明王が創業にかかわったGE社です。 従来の金型製造から3Dプリンターを中心とした「Additive Manufacturing(付加製造)」の手法に注力し、量産製造に成功しました。
きっかけは2009年のこと。当時開発していたジェットエンジンのノズルが求める燃費が得られず、金属3Dプリンターで試作したところ要求がクリアできました。 2012年から量産するための開発に着手し、2016年には量産を開始しました。現在は量産化の範囲を広げており、エンジンのミッドフレームも製造しています。
興味深いのは、部品を集約していくことで、軽量化の効果はもちろんのこと、サプライチェーンにも多大な影響を与えたという点です。 今までは品質やアッセンブリの確認のために300の部品が必要だったところが、1体で製造できるようになりました。 そのためかつてはエンジンのミッドフレームに60名のエンジニアが携わっていましたが、現在は6名体制になっています。
今や金属3Dプリンターでロケットを製造するのも夢物語ではありません。 アメリカの宇宙スタートアップであるレラティビティ・スペース社では、 金属3Dプリンターでロケットの製造に成功し、2020年に宇宙ロケット打ち上げ基地であるケープカナベラル空軍基地でロケットを発射すると発表しました。
共同創業者であるティム・エリスはブルーオリジン社、ジョーダン・ノーンはスペースX社の出身です。 ブルーオリジンはAmazon.comのジェフ・ベゾスが設立し、スペースXはPayPalのイーロン・マスクが設立した、ともに言わずと知れた宇宙スタートアップです。
ティムとジョーダンは南カリフォルニア大学時代の友人で、現在28歳。2人とも前職で3Dプリンターを使った部品の製造に携わっていました。 その共通の経験から3Dプリンターでロケットをまるごと造形できるのではないかという発想を得ました。
そこで2人は会社を設立し、世界最大級の金属3Dプリンターを開発しました。 この金属3Dプリンターは原料から造形までをたった60日間で行うことができます。 また、現在開発中のロケット「Terran 1」は、部品を約10万個から1000個にまで集約することに成功しました。
また、この金属3Dプリンターは、センサーから取得したデータを学習しているため、生産ラインを進化させることができるのが特徴です。 長期的には火星でロケットを造形する計画を立てています。
こうして事例を見ると、金属3Dプリンターによってものづくりの現場がガラリと変わるように見えますが、現状ではいくつかの課題があり、従来の加工技術を代替できるものにはなっていません。
主な要因としては以下のものが考えられます。
金属3Dプリンターは初期コスト、ランニングコストが高額です。 金属3Dプリンターは廉価版が登場しているとはいえ、数千万から1億するものもあります。 材料についても同様に高額で、金属粉末は1kg数万円かかります。
金属3Dプリンターの造形物は表面がザラザラしており、機械加工と同等の面仕上がりにはならないため後加工が必要となります。 また、誤差精度も金属3Dプリンターは100分の数ミリが限界ですが、金型は10000分の5ミリ、いわゆるサブミクロンを実現しているものもあります。
金属3Dプリンターの造形の場合、設計時に熱変量を予測して造形条件に設定しなければなりません。 しかも、その最適値は設計者の経験に委ねられているため、「匠(たくみ)の技術」とも言われています。 近年では変形量をシミュレーションできるソフトウエアも登場していますが、ライセンス価格も高額な部類に入ることから、ハードルはまだまだ高いと言えるでしょう。
また、金型の単なる置き換えではなく、いくつかを組み合わせて機能性を引き出すことで価値を出していく必要があるため、従来にない発想で設計する技術者も求められます。 人間の勘に頼らないトポロジー最適化のソフトウエアも登場していますが、優れた技術者の育成も課題となります。
金属3Dプリンターの量産化は課題も多く、ハードルは決して低くはありません。 しかし技術の進化によりコモディティ化が進むと価格も抑えられ、使い勝手も改善されることでしょう。 今後は単なる金型の置き換えではなく、金型ありきの設計から脱却し、さまざまな方式が模索されてイノベーションにつながるのではないでしょうか。 金属3Dプリンターの進化が期待されています。