3Dプリンターの誕生でものづくりは大きく変化しつつあります。3Dプリンターはこれからのものづくりをどのように変えていくのでしょうか。
3Dプリンターを発明したのは、実は日本人です。 名古屋市工業研究所の研究員だった小玉 秀男氏は、新聞用の版下作成装置からヒントを得て3Dプリンターの原型となる「光造形法」を発明しました。1980年のことです。
研究所に転がっているものを集めて手作りした光造形法で建物の模型を出力しましたが、 丸太小屋のような粗い造形にすぎず、すでに手作業で精緻に造形していた技術者からはまったく評価されませんでした。
そのため特許を出願したものの、審査請求をしていなかったため期限切れとなり、世界で最初の3Dプリンターはアメリカの3Dシステムズ社になってしまいました。 現在の3Dプリンター市場はアメリカ企業が席巻していますが、日本のメーカーも自社の強みを生かして次々と参入しています。
3Dプリンターはものづくりを二つの側面から変えていきました。 一つはニーズにより柔軟に対応する変種変量生産の実現です。従来は金型で製造していたものを3Dプリンターで実現する事例も増えてきています。
スポーツ用品メーカーのアディダスは第四次産業革命(インダストリー4.0)の取り組みとして、スピードファクトリーを建設し、アジアに点在していた製造工場をドイツに集約しました。 顧客が好みに応じてカスタマイズした商品をオンラインで受注し、全自動で製造しています。工場ではスポーツシューズのソールを個人の足に合わせた形で生産するのに3Dプリンターを使用しています。
もう一つ3Dプリンターが変えたものがあります。それは作り手の在り方です。 いままでは工場内で閉じた製造を行うケースが多かったのですが、3Dプリンターが小型化することで、工場以外の場所でも設置できるようになり、「家庭用3Dプリンター」も登場しました。
ものづくりのための特別な設備や環境が不要になり、個人でも機械や部品を製造することが可能な時代になっています。 また、3Dプリンターがインターネットにつながりデジタルデータをやり取りすることで、遠く離れた人と連携してものづくりをすることもできるようになりました。
3Dプリンターの小型化・低価格化により、ものづくりに個人や小規模企業が参画する動きが生まれました。 そのひとつが「ファブラボ」です。ファブラボは2002年のMIT(マサチューセッツ工科大学)の学外研究から生まれました。
ファブラボでは、3Dプリンター、3Dスキャナ、カッティングマシンなどデジタルファブリケーションを備え、市民に広く開放しています。 大企業のような設備投資をしなくても、個人でものづくりができる、いわば「ものづくりの民主化」が実現されつつあります。
日本におけるファブラボの先駆けが「ファブラボ鎌倉」です。 築131年の秋田の酒蔵を移築し、世界50ヶ国、600カ所に拡がるネットワークによって、さまざまなバックグラウンドを持つ人々が連携してものづくりをする環境を構築しました。
2019年には北海道栗山町と連携し、地域越境型開拓プロジェクトを始動しました。 地域おこし協力隊として活動するための人材を公募し、ファブラボ鎌倉で1年かけてスキルの習得と実践型の研修を受けます。 そして実際に設定したテーマで事業を展開するという取り組みを行います。
夕張山地、夕張川に囲まれて豊富な地域資源を持つ栗山町の魅力を発信し、地域を活性化することができるか、注目されます。
中小企業製造業においても、ファブラボのように多様なクリエイターと連携し、 今までとはまったく違うものづくりのやり方で新しい製品を生み出す取り組みが生まれています。大阪市港区にある「ガレージミナト」もその一つです。
ガレージミナトは、産業機械の設計・製作を手掛ける成光精密株式会社が運営しています。 同社は港区に本社がある中小企業で、高精度の金属部品に強みを持っている、いわば「スーパー町工場」です。
本社のある港区でものづくりを活性化したいという思いから、2018年に本社2階にベンチャー向けの共同作業場としてガレージミナトをオープンしました。 3Dプリンターなどの工作機械を備え、50人規模のイベントが開催できるスペースや、ベンチャーや研究者が入居できる小さなオフィス、キッチンも備えています。 近隣の町工場、ベンチャー、大学と協業して、まるで町全体が一つの工場であるかのような活動をしていくことを目指しています。
ガレージミナトでは、ものづくりのベンチャーが新事業や新製品のアイデアを発表するピッチイベントを開催しています。
その中から生まれた製品が「サクゴエ」です。社会人野球チーム代表の弓場直樹さんが企画し、港区の中小企業7社が共同開発しました。
サクゴエは打撃練習用の野球用具で、パイプやホースなどをホームセンターから調達して製作しています。 上からボールをつるす「SUSPEND(サスペンド)式」と、通常と同じようにスタンドに置く「PUT(プット)式」があります。
SUSPEND式は、ポンプでノズルに球を吸着させ、その球を打ちます。 PUT式は球を打つとスタンドの先端が倒れ、その後に自力で元の場所に戻るようになっています。
従来の練習器具は球をスタンドに置いて打つため、球の下を打つとスタンドにバットが当たって飛ばすことができません。 サクゴエの構造なら思い切り球の下をたたけるため、打球の飛距離を伸ばす効果があります。
弓場さんはこの開発をきっかけに機器の販売・貸出をする会社「HANG」を設立。現在はサクゴエを有料で貸し出しており、高校野球の強豪校からも受注しました。
ものづくり企業が起点となって、集積を生かし、新しいものづくりの可能性を追求する好例です。
東京都目黒区の株式会社デジタルアルティザンでは、研究者、デザイナー、エンジニア、アーティスト、パティシエ、靴職人と、 さまざまな分野の職人が集まり、「ラボドリブン」でイノベーションを起こす取り組みをしています。
2019年4月には新たな拠点「DiGITAL ARTISAN STUDIO」をオープンし、グループ会社で開発した1700×2000×2100mmの巨大なFDM方式の3Dプリンターや、 104台ものRaspberry Pi・カメラモジュールが取り付けられた全身フル3Dスキャナ「SUPER LIGHT PHOTO 3D SCANNER」を設置しました。
同社では企業と連携したものづくりに取り組んでいます。 自分の足に合った形状でインパクトのあるデザインで造形する靴のヒール「FORMLESS」の取り組みもそのひとつです。 化学メーカーのJSR株式会社、精密鋳造部品メーカーの株式会社キャステムと連携し、プロトタイプを製作しました。
従来のようにデザイナーがデザインするのではなく、足との一体感が得られるような設計を自動で計算し、JSR社が代理店を務める3Dプリンター「Carbon」で出力した原型を、 キャステムの持つロストワックス精密鋳造で製作するのが特徴となっています。
これは「Open artisanal project」の一環で、デジタル技術から世の中にないものを生み出す実験的な試みとなっています。
ここで紹介した事例は、中小企業の新しいものづくりの可能性を示しています。 中小企業が3Dプリンターを介して他の企業、研究者、クリエイターと連携し、今までにない化学反応でものづくりをできる機運に満ちています。
企業単独では開発が難しいような独創的な製品が次々と誕生する日もそう遠くないのかもしれません。