レンテック・インサイトでは数多くの3Dプリンターメーカーを訪問し、最新の製品・技術についてお話を伺い、記事を掲載しています。その第一弾が2019年1月に公開された株式会社ストラタシス・ジャパンの記事でした。あれから約3年、3Dプリンターを取り巻く状況や同社の戦略はどのように変化しているのでしょうか。今回は株式会社ストラタシス・ジャパンの永代通り沿いにある東京本社ショールームを訪問し、同社の新戦略について営業部シニアセールスマネージャー工藤 信男氏にお話を伺いました。
ストラタシス社は1988年創業。世界トップシェアを誇る3Dプリンターメーカーとして知られています。2019年1月に公開した記事では、FDM方式の「Fortusシリーズ」やPolyJet方式の「J750」をご紹介しました。
「2019年当時と比較すると、3Dプリンターの活用は試作から最終製品へと拡大しています」と工藤氏は3Dプリンターのトレンドについて解説します。造形方法や材料の進化により、3Dプリンターの造形物の精度や機能性、耐久性が高まりました。それにより航空機や宇宙ロケット、電気自動車といった最終製品に採用される事例が増えました。
さらにコロナ禍によりこの流れが加速しました。サプライチェーンが国内で完結するメーカーは少なく、コロナ禍の際には海外からの部品の調達が遅れ、製造に大きな影響を与えました。今後同様のことが起きた場合に、変化に対応するための方策の一つとして3Dプリンターによるサプライチェーンの見直しが図られています。
これまで、ストラタシス社の製品のポートフォリオは全体として試作を重視したものになっていました。そこでポートフォリオを拡大し、最終製品にも対応可能な三つの新たな3Dプリンターを発表。今回はそれぞれの3Dプリンターの特徴や活用領域について紹介していただきました。
同社の代名詞とも言えるFDM方式では、熱可塑性樹脂をソフトクリームのように積層して固めていきます。今回リリースされた「F770」もFDM方式を採用しています。1,000 mm ×610 mm×610 mmの造形領域を持つため、大きなパーツの試作が可能です。
現在でも同社では「F900」という大型パーツの造形が可能な3Dプリンターを提供していますが、ハイエンドモデルで数千万円の設備投資がかかるため、「コストの面から見送られることも多かった」と工藤氏は語ります。
そこでユーザー層を広げるために開発されたのが「F770」です。対応する材料をABSとASAという一般的なものに限定することで、1千万円以下という低価格で実現するとともに、材料コストも従来の半分に抑えました。「『造形の精度が従来機種と遜色ない』と多くのお客様からご評価いただいています」(工藤氏)。
F770で造形した大型モデルの一例。同社のショールームにはこうしたモデルが豊富に展示されている。
F770の事例として、空調・冷凍機のメーカーとして知られるダイキン工業株式会社の米国グループ会社Daikin Applied(ダイキン・アプライド)社のノズルクランプを紹介していただきました。
同社では試作品の機械加工を外注先に依頼していましたが、制作までに時間がかかり、製品開発スケジュールに大きな影響を与えていました。そこで3Dプリンターによる試作の内製化を検討してきましたが、費用対効果の面から断念していました。
今回F770を導入したことで、試作に8,000ドル(約92万円)、製作期間が2週間かかっていたのを、材料費500ドル(約6万円)、製作期間2~3日とコストを大幅に削減することができるようになりました。
H350は、従来のポートフォリオにはなかったPBF方式(Powder Bed Fusion)を採用しています。
PBF方式は、粉末の層を沈殿させ、造形する部分にレーザーや電子ビームを照射して、溶融・凝固させて造形していきます。「PBF」の中でもさまざまな方式がありますが、H350ではエージェントと呼ばれる赤外線を吸収する液体を選択的に噴射し、噴射した部分を赤外線ランプで固めていくSAF(Selective Absorption Fusion)を採用しています。
粉末の層を沈殿させ、粉末床に赤外線吸収流体を選択的に噴射した後に、赤外線ランプで固める。H350+Product+.pdf P5
最大の特長は、直方体の空間で部品を縦方向にも積み上げること(ネスト)ができ一度に大量のプリントが可能になるという点です。「部品の大きさにもよりますが、月産1万個程度の量産にも対応します」(工藤氏)。
PBF(パウダーベッドフュージョン)方式の課題となるのが、造形場所による不均一性です。粉末を垂直方向に敷き、水平方向に熱をかけていく3Dプリンターもありますが、その場合は下部と上部で温度に差異が出るため、場所によって均一性が損なわれます。それに対してH350では熱をかけていく方向と同一方向に粉末を敷いていくため、均一性が維持できる仕組みになっています。
「直角構造」では粉末を敷く方向(垂直)と熱をかける方向(水平)が異なるため、下部と上部の温度に差異がでるが、「SAFインライン単方向構造」では同じ方向となるため、均一性が保たれる。H350+Product+.pdf P7
H350では、全く異なる部品を積み上げて一度に造形することも可能です。「例えば自動車の従来型の均一製品大量生産はH350には合いませんが、製品のアフターパーツを補給する多品種・小ロット生産用途なら十分に適用できます。そのため日本でも適用される領域が非常に多いと考えています」(工藤氏)。
従来金型で製造していた部品を3Dプリンターに置き換えた事例を紹介していただきました。こちらの企業では、部品の需要が1万個となり、従来の金型による生産では利益がでないことに悩まされていました。3Dプリンターも検討しましたが、従来のプリンタでは品質に均一性を欠くことがネックとなっていました。「H350は、造形場所にかかわらず品質が保証されるということで評価をいただいています」(工藤氏)。導入により金型の製作コストやリードタイムの短縮という効果が得られました。
Origin Oneの造形領域は192 mm×108mm×375mm、細部までこだわる機能性部品の造形を得意としており、月産1,000個までの部品生産に対応しています。射出成形したプラスチック製品のようになめらかな表面となるため、後処理はそれほど時間がかからないのが特徴です。
Origin OneはDLP方式(Digital Light Processing)を採用しています。DLP方式はレジンと呼ばれるプラスチック液体をタンクに入れ、ベースプレートの下からUVライトを当てて液体を固め、固めた部分を引き上げてベースプレートから剥がす、という工程を繰り返して造形していきます。
レジンをUVライトで固めていく方式にはSLA(光造形)という方式もありますが、一筆書きで固めていくために非常に時間がかかるという問題がありました。DLP方式のOrigin Oneは面で一気に固めていくため、1時間に100mmと高いスループットが得られるという特長があります。
またベースプレートから固めたレジンを引き剥がすのも、さまざまなテクノロジーがあります。レジンに酸素の膜を張って酸素に反応しない部分が引き剥がれるという方式を採用する3Dプリンターもありますが、Origin Oneでは空気圧で膜を剥がしているため、酸素に影響を受けるような材料でも使えるというメリットがあります。
多様な材料が使えるのも大きな魅力です。ストラタシス社はBASF社、ヘンケル社、DSM社といった大手化学メーカーと材料の共同開発を行っています。「熱たわみ温度が300℃近いものや、ゴムに近いものなど、バラエティに富んだ材料をサポートしています」(工藤氏)。
Origin Oneの事例の一つに、米国空軍のF-16 戦闘機に搭載されているC3175-9J油圧パイプクランプがあります。従来採用していた射出成型やCNC加工ではコストや納期に課題を抱えており、全所属機を近代化するためにOrigin Oneを採用。厳格な耐空性要件を満たす軽量で造形効率に優れた3Dプリンターの造形ソリューションが誕生するまでは、わずか2週間しかかかりませんでした。
Origin One自体の監視カメラやセンサーのハウジング部分についてもOrigin Oneで造形しています。
日本ではものづくり工作機械の存在感が大きいという特徴があり、3Dプリンターの導入は進んでいるものの、その多くは試作にとどまっていると工藤氏は語ります。しかし、例えば米国海軍はストラタシス社と2000万ドルの契約を結び、ハイエンドモデルである「F900」を25台導入しました。今後は世界各地の基地にF900を設置し、現地で部品補給を行います。「こうしたサプライチェーンが変化する動きは、民間企業でも見られます。今後日本でも最終製品用途の3Dプリンター市場が増えていくでしょう」(工藤氏)。
ここまでご紹介した通り、ストラタシス社は豊富なラインアップを提供しています。3Dプリンターはそれぞれ特徴があるため、用途、生産量、予算などに応じて最適なソリューションを選択する必要があります。「単に販売するだけでなく、コンサルテーションにも力を入れています。ぜひお気軽にご相談ください」と工藤氏は締めくくりました。