2011年、「誰もがものづくりをできる時代」を目指して、3DプリンターメーカーFormlabsが産声を上げました。同社のFormシリーズはその美しい造形力に加えて圧倒的なコストパフォーマンスのため、ものづくりのプロフェッショナルから熱い支持を受けています。その中でもForm 3がこれからのものづくりをどう変えていくのか、Formlabs株式会社 マーケティング部 部長 新井原 慶一郎氏に伺いました。
Formlabs社はマサチューセッツ工科大学のメディアラボの研究者が、キックスターターで資金を調達して設立した会社です。
当初光造形方式の3Dプリンターは筐体が大きく価格も高いだけでなく、使いこなすのが難しいために限られた人しか利用できませんでした。そのためFormlabsの創業者たちは「誰でも3Dプリンターを使えるように」という思いから、小型で安価なまったく新しい光造形の3Dプリンターの開発に着手しました。こうして発売されたFormシリーズは、卓上型で既存の3Dプリンターの1/1000の価格で提供されました。
「日本での展開は独特なものがありました」と新井原氏は振り返ります。限りあるスペースに置けて滑らかに美しく造形するFormシリーズは、フィギュアなどの3D造形を行う個人から圧倒的な評価を受けたのです。
「その当時、個人のお客さまは日本全体で約5割を占めていました。有名なフェスの開催日が迫ってくると日本中からレジンが消えたという伝説もあります(笑)」(新井原氏)。そしてクリエイターたちからFormシリーズの評判を聞きつけた企業がこぞって購入するようになり、「今では数百台単位で導入しているお客さまもいます」(新井原氏)。
2019年10月にはFLECCJ(Formlabs Evaluation and Collaboration Center Japan)を埼玉県にオープン。豊富な素材を揃え、開発を模索する段階からクリエーター・コラボレーターと一緒に取り組む環境を整備しました。「お客さま自身が開発されている製品をFormシリーズで造形する、既存の機器やソフトウエアと連携するといった取り組みも大歓迎です」(新井原氏)。
光造形(SLA)方式では、レーザーで液体の感光性樹脂を硬化させて造形します。FDMなどといった他の方式と比較して、表面が滑らかになり微細な造形ができるというメリットがあります。
FormシリーズはSLAを採用しているものの、従来のSLAの3Dプリンターとは全く違う構造を持っています。
「違いをわかりやすく言うと“バスタブ方式”と“タッパー方式”です」と新井原氏が解説するように、従来の光造形では、バスタブのような大きさのレジンタンクにレジンを満たし、その上にプレート(ビルド・プラットフォーム)を浮かべて、上からレーザーを当てます。そしてプレートを少しずつ沈ませながら造形しています。「レジンタンクは造形物が全部入る大きさが必要です。レジンもその大きさに合った容量が必要なため、初期コストもランニングコストも高額になります」(新井原氏)。
それに対してFormシリーズでは、タッパーのような大きさのレジンタンクにレジンを入れ、プレートを上から吊るしてレジンタンクの底に接触させます。この状態で、プレートを少しずつ引き上げながら造形していくイメージです。筐体を大きくする必要がなく、中に入れるレジンの量も少なくて済みます。
Form 2を改善しさらなる高みを目指そうという思いで生まれたのがForm 3です。Form 2は光造形方式の滑らかで繊細な造形はそのままに、筐体の小型化を成功させましたが、二つ課題がありました。
一つは造形の際にレジンタンクの底に造形物が張り付くため、引き上げるたびに底から剥がさなければならない点です。この剥がす作業は相当の力がかかるので、造形物にひずみが生じる可能性があります。
もう一つは、造形する位置によってはレーザーが斜めに当たってしまうため、レーザーの当たり方が均一とは言えず、造形するものに誤差が出る可能性があるという点です。
「ただひずみや誤差はごくわずかなものなので、この方式のまま展開していく選択肢もありました。でも私たちはあえてこの壁を乗り越える挑戦をしたのです」(新井原氏)。
こうして生まれたForm 3は、「LFS(Low Force Stereolithography)」という新たに開発した方式を組み込んでいます。
LFSは“Low ForceなSLA”、つまり力をかけないSLAという意味です。レジンタンクがやわらかな素材でできているため、シールを端から剥がすように力をかけずに造形物を剥がすことができます。また、鏡でレーザーの光を反射させて常に造形ポイントに直角に当てるため、レーザーが当たる面積がどの位置でも均一になりました。
LFSを開発したことで、造形できるものの幅が広がりました。「剥がしやすくなったため、今までやわらかすぎて造形できなかった素材も扱えます。また、力をかけないことで微細な造形が可能です。加えてサポート材のタッチポイント(造形物に設置する面)が少なくて済むので、後処理が圧倒的に簡単になります。」(新井原氏)。
新井原氏の解説のおかげで仕組みがなんとなくイメージできたところで、Formシリーズで出力した造形物の事例を紹介していただきました。
スタジオビンゴ社はストップ・アニメーション(静止している人形を一コマずつ動かして撮影する技法)を中心に、キャラクターデザインの企画・造形などを手掛けています。写真の人形は全てのパーツをForm 3で造形しました(表面に布を張る後加工あり)。「『まぶたや目のような薄くて小さなパーツを再現性がある形で造形するのは、Form 2や他の3Dプリンターではできなかった』とお客さまから聞いています」(新井原氏)。
海洋堂社は少量生産の模型「ガレージキット」を展開しています。ガレージキットの中でも大ヒット映画「カメラを止めるな」のキャラクターは、日本アカデミー賞授賞式前に発売するべくわずか1カ月で量産までこぎつけました。「通常の金型による生産ではとても間に合いません。最終製品の量産に成功した好例です」(新井原氏)。
©ENBUゼミナール
zenius社は、オートインジェクター(患者自身で注射する注射器)の開発に携わっています。試作の段階で0.1ミリ刻みの寸法違いで数十個の部品を造形し、ボタンを押したときの押し込む感覚や、バックルをカチッとはめる感覚といった使用感をテストしてベストな寸法を選択しています。「Form 3と精緻な造形とレジンの種類の豊富さについて高い評価をいただいています」(新井原氏)。
Formlabs社では製品の提供だけでなく、他企業とのコラボレーションも積極的に行っています。
シェービングメーカーのジレット社がFormシリーズによるシェーバーのオンデマンド製造をスタートしました。顧客はシェーバーの持ち手の部分を7種類の素材・48種類のデザインから選びWebで注文すれば、3Dプリントされたあなただけのシェーバーが届きます。「残念ながら日本は配送対象外なのですが、Formlabsが協力している面白い取り組みです」(新井原氏)。
オーディオ分野で存在感を放つゼンハイザー社は、Formlabsとカスタムイヤフォンの開発を行っています。写真のように、自分の耳を撮影してアップロードすると、その人にぴったりのイヤフォンをプリントするというサービスです。
スポーツシューズメーカーのニューバランスも3Dプリンターを活用し、Formlabs社と共同でアスリート向けフットウェアのための高性能素材を共同で開発しています。2019年にはミッドソールの踵部を3Dプリンターで出力した「990 Sport」を発売。高いクッション性と軽量化を実現しました。「素材はこの製品のために開発したRebound Resinを使っています。私もこのシューズを買いました(笑)」(新井原氏)。
コロナ禍で世界が激震した2020年。Formlabs社の事業展開には影響があったのでしょうか。
「実は海外、アメリカでの売上は絶好調でした」と新井原氏は語ります。アメリカでは各地でロックダウン(外出制限)が行われ、2020年4月には失業率が世界恐慌以降で最悪の水準となる14.7%を記録しましたが、その後の切り替えは迅速でした。「ロックダウンになった時、ものづくりの企業ではリモートワークができるように、社員それぞれの自宅に3Dプリンターを導入したのではないでしょうか。それくらいの圧倒的な売上でした。この状況下でもアメリカではニューノーマルなものづくりが始まっています」(新井原氏)。
それに対して日本では、既存顧客のレジンの使用状況が堅調だったと新井原氏は語ります。「新たな投資を見送った企業とコロナ禍前から3Dプリンターでものづくりを続ける企業とで、ものづくり力の差が開いているかもしれません」(新井原氏)。
今後も移動が減る中で、作るもの自体がデジタル化すると新井原氏は見ています。例えば本社で設計したデータを全国の営業所に送り、営業所の3Dプリンターで出力するようになれば、配送する日数や移動コストを節約できます。「まさにモノがテレポテーションすることが可能になると思います」(新井原氏)。
アメリカやヨーロッパでPCR検査に使うプラスチック製の綿棒が不足した際には、医療機関が3Dプリンターを導入して自分たちで生産する動きもありました。「PCR検査の綿棒をFormlabsの3Dプリンターで、必要な場所で作ってしまう、という今までになかったことが可能になりました。その結果、いろいろなものを自分たちで作れると皆が気付いたと思います。日本でも2021年はピンチをチャンスに変えて、新しい形のものづくりが生まれることを期待しています」(新井原氏)。
多くの企業が厳しい状況に追い込まれた2020年。しかし新井原氏の言葉は、未来への希望に満ちていました。