株式会社イリス
代表取締役副社長(営業統括) ハルトムート・パネン 氏
3Dソリューション部 次長 池田径吽 氏
3Dソリューション部 担当次長 林健吾 氏
3Dソリューション部 アプリケーションエンジニア 平間健吾 氏
3Dソリューション部 アプリケーションエンジニア 加藤隆 氏
3Dプリンターによる造形では従来メーカー指定の素材やスライスソフトを使用していましたが、その常識は変わろうとしています。株式会社イリスではサードパーティ製の素材が使えるものなど、まだ市場に出回っていない3Dプリンターを日本に導入し、成果をあげてきました。こうして発掘した3Dプリンターにより、日本のものづくりはどのように変わるのか、株式会社イリス代表取締役副社長 ハルトムート・パネン氏、3Dソリューション部 次長 池田径吽氏、担当次長 林健吾氏にお話を伺いました。
イリス社はドイツに本社を置くグローバル企業ですが、1859年、ちょうど幕末の時代に長崎・出島で事業を始め、160年以上の歴史がある老舗の商社です。創業当時は啓蒙思想家の福沢諭吉や三菱財閥を創業した岩崎弥太郎などを顧客に持ち、時代のニーズに合う商材を取り扱ってきました。創業当初から海外の革新的な技術を日本に紹介し、ものづくりを支えています。
イリス社が3Dプリンターを扱うようになったのは、2016年のことです。重化学工業などの産業向け機械をメインに扱っていた同社が、160周年を迎えるにあたり新たなチャレンジとして取り組んだのが3Dプリンターです。「その頃からAIやIoTが浸透しはじめ、ものづくり企業がITのテクノロジーで価値を創出することに目を向けるようになってきました。そこで既存顧客にも潜在的なニーズがあると判断し、3Dプリンター事業に進出することになりました」(パネン氏)。
イリス社は3Dソリューション部を創設し、その半年後には3Dプリンターのショールームをオープンしました。その背景には日本のものづくりと3Dプリンターのアンマッチという課題があります。「3Dプリンターを導入しても使用率が40%以下、あるいは使用時間が営業時間に満たないという統計もあります。せっかく購入したのに3Dプリンターを扱える人材がいない、思ったような造形ができないといった声が多く聞かれます」(池田氏)。
そこで同社ではショールームとオンデマンド出力サービスを組み合わせたサービスを展開しています。ショールームでは3Dプリンターのデモをお見せするだけでなく、実際に顧客が造形したいものを出力し、ニーズと合っているか検証をする場としての機能も提供しています。「このサービスを通じてアンマッチを解消し、顧客のスキルが向上して共に成長できればと考えています。」(林氏)。
ショールームでは実際に出力している様子を見ることができます。
ショールームには、日本ではまだ馴染みのない3Dプリンターが顔を揃えます。イリス社では独自のグローバルネットワークを活用して、まだ市場に出回っていない優れた3Dプリンターをリサーチし、いち早く取り扱いを開始しています。「知名度のある製品は価格も高いため、輸入すると関税も高くなります。そのためまだ市場の評価が定まっていないけれども優位性がある製品を取り入れることで、日本でもグローバルな価格で提供できます。」(池田氏)
また、サポート材の自動除去や表面仕上げなどを行うPostProcess Technologies社のアフターソリューション機器も取り扱っています。「サポート材の除去は非常に手間がかかるため、3Dプリンターの活用を阻む要因なっています。こうした出力後の課題を解消できるソリューションも合わせて提案しています。」(林氏)
イリス社では、単に3Dプリンターを販売するだけでなく、造形物に合わせてどの3Dプリンター・素材を使用することが最適かといったソリューションを提案しています。「もちろんメーカー指定の素材を使うのが最優先ですが、素材で開発アイデアが制限されるのは非常にもったいないです」(池田氏)。イリス社ではサードパーティ製の素材を使用できるオープンフィラメントの3Dプリンターを扱っているため、メーカー指定以外の素材についても相談に乗ってくれます。
また材料が高額でランニングコストが見合わないという問題もサードパーティ製の素材で解決できることもあると林氏は指摘します。「すべての素材を検証できるわけではありませんが、実績がない安価な素材にもチャレンジしながらお客さまと共にイノベーションを実現したいと考えています。」(林氏)
3Dプリンターに付属するスライスソフトだけでなく、オープンソースのソフトウエアを提案することもあります。オープンソースのソフトウエアを使うと3Dプリンターの造形速度を調整できるケースもあるため、例えば精度は粗くてよいので生産スピードを上げたい、あるいはその逆といったコントロールが可能になり、造形の幅が広がります。<>
このようにイリス社ではサードパーティ製の素材・ソフトウエアを積極的に取り入れることで、3Dプリンターの用途を広げることに取り組んでいます。
ショールームには大型で複雑な形状の試作品が並びます。
イリス社の数ある取り扱い製品の中でも池田氏、林氏イチオシの3Dプリンターが「BigRep ONE」です。
この製品は成人男性の背と同じぐらいの高さと奥行きがありますが、内部が密封されていないためか、圧迫感がありません。BigRep ONEには次のような特徴があります。
造形サイズ1m角超を誇り、これまでの3Dプリンターでは不可能だった大型造形物の試作品の作成が可能です。
本体価格は1,000万円以下となっており、他社製品と比較しても圧倒的に安価です。また素材についても一般に使われるABSの場合1cm角でおよそ70円かかるのに対し、BigRep ONE指定のPLAを利用すると約8円に抑えられます。
素材が空気に触れる機械であるにもかかわらず、大きな造形物でも反りにくいのが特徴です。通常の製品では空間座標のZ軸を動かすことで造形しますが、BigRep ONEはZ軸を動かさずノズルが動くことで、素材温度や振動によって造形位置がずれるのを防ぎます。
機械が密閉されていないため、湿気が影響するというデメリットもありますが、「付属ヒーターを提供することで、日本の湿気に対応しています。」と池田氏が語るように、イリス社で日本の気候条件に合うように環境を整える手段を取っています。
BigRep ONEは大きな造形物を作れるだけに、多様な事例があります。そこで代表的なものを紹介していただきました。
世界最大の家具メーカーSteelcase社が開発する椅子の事例です。今までは実物大で機能を満たす試作品を作るとコストと日数がかかるため、デザイナーは小型の模型を作ることから始めなければなりませんでした。そこでBigRep ONEで試作したところ、従来2カ月かかっていたフルスペックの椅子の試作品が4日で製作できるようになりました。
ドイツのスタートアップ3F Studio社が手掛けたドイツ博物館のファサードです。波形で光を通すファサードは刻一刻とその姿を変え、建物の中から見ても美しい光を放ちます。その景観の良さに加え、断熱や日よけ、換気といった機能性も持っています。ファサードの厚さは6〜8 cm。この造形物の内部に空気層を作ることで断熱し、波形が適度な日よけを作ります。また、埋め込まれたチューブにより空気を循環させ、換気します。
PETGの素材で製作されたこのファサードは、45m×15m、重さ約8,000〜12,000kgにもなります。ドイツ博物館だけでなくあらゆる建物に対応し、直接設置できるということで、今後どのように世界で広がるのか注目です。
「NERA E-Motorcycle」は、エアレスタイヤ、リム、フレーム、フォーク、シートを含む全ての部品をBigRepで出力した電動バイクです。部品はわずか15個、12週間で製造が可能なこのバイクは、3Dプリンターで出力した世界初の電動バイクとして大きな注目を集めています。
エアレスタイヤにはBigRepの新しい素材PRO FLEX TPUを使っています。耐久性、柔軟性がある素材を使い網目構造にすることで上下の衝撃を吸収しています。この網目構造をシートの下にも適用することで、前後のサスペンションが不要になっている等、単なる置き換えではない未来型のバイクの姿を示しました。
事例の半数以上が試作品ですが、「長年BigRepを使用しているユーザーは最終製品に利用しています」と池田氏が語るように、BigRep ONEは使い込んでいくとさらに用途が広がる製品といえるでしょう。
今後、日本のものづくりが発展していくにはどのようなことが課題なのでしょうか。「事例を積極的に公開すると、他の企業が刺激を受けてより3Dプリンターの活用が進むと思います。日本企業でもとても面白い取り組みをしているのに、非公表になることが多いです。海外と同じように積極的に共有するよう働きかけていきたいですね。」(林氏)
「射出成形の設計をそのまま3Dプリンターに置き換えようとするので制限が出ることが多いです。3Dプリンターに合わせたデザインをすると、用途が大きく広がると思います。」(池田氏)
イリス社は日本のものづくりを変えていくために、3Dプリンター本体の販売だけでなく、オンデマンド出力サービスや、安価な素材の活用、そしてサポート材を自動除去できるアフターサポート機器まで含め、トータルで3Dプリンターの活用をサポートしていく取り組みを行っています。
「日本企業も少しずつ考えが変わってきています。日本のものづくりを革新するためにも3Dプリンターを使用するハードルを下げ、3Dプリンターの力を最大限引き出すようなソリューションを提供していきたいですね。」(パネン氏)